「この注射を201号室の田中さんに、お願いね」と頼まれて、注射しようと向かった先が「207号室」でした。
「201」と「207」を聞き間違えたのです。
しかも運悪く、そこにも「田中さん」がいたのです。
もちろん、注射用の薬剤にはフルネームで患者さんの名前が書いてありますし、注射前に患者さんの名前を確認しますから、間違えて注射することはありませんでした。
でも、もし名前をしっかりと確認しなかったら……。
ヒヤリとさせられた経験です。
ナース・ステーションでこの話をしたら、看護師長から、「それ、ヒヤリハットレポートに書いて、出してね」と言われました。
「ヒヤリハットレポート」って、何ですか?
どう書けばいいの?
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Contents
ヒヤリハットとは?
「ヒヤリハット」とは、重大な事故には至らなかったけれども、事故になってもおかしくなかった、事故一歩手前の事例です。
「ヒヤリとした」「ハッとした」という言葉から作られた表現で、医療関係の施設だけでなく、電車の運転や工場など、危険と隣あわせの現場で、事故を未然に防ぐために使われている考え方です。
インシデントとは違うの?
「インシデント」という言葉も、医療施設ではよく使われます。
インシデントは、狭い意味では、誤った医療行為を行ってしまったが、結果として、患者には影響が及ばなかった状態を指します。
(患者に影響が出たら「アクシデント」です)
このインシデントの中にヒヤリハットを含めて考え、「ヒヤリハット」と「インシデント」が、ほぼ同じ意味で使われることあります。
厚生労働省では、「インシデント」と「ヒヤリハット」を同じように考えています。
勤務している病院で、どういう意味で使われるかを考えて、レポートの言葉を選んでください。
ハインリッヒの法則
ヒヤリハットを見過ごさないことが大事だと言われます。
それは、「ハインリッヒの法則」から、ヒヤリハットの分析が重大事故を防ぐことにつながる、という教訓が導き出されたからです。
「ハインリッヒの法則」とは、「1つの重大事故の背後には、29の小さな事故が発生しており、300のヒヤリハットが発生している」という経験則で、アメリカの損害保険会社に勤めていたハインリッヒ氏が発表したものです。
ハインリッヒ氏が多数の労働災害を調べたら、重傷者が出るような重大な事故が1件起こったとき、実は、すでに29件の軽い事故(軽傷者が出る程度)が起きていて、300件のヒヤリハットが起きていた、という法則を発見したのです。
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ヒヤリハットレポートとは
ヒヤリハットを、「事故にならずによかった」で済まさず、みんなで共有し、改善すべきことは改善して重大事故を防ぐというのが、ヒヤリハットレポートの目的です。
ヒヤリハットレポートを書かせることで、反省させよう、懲らしめようというのではないのです。
なお、先ほど書いたように、インシデントとヒヤリハットが同じように扱われることもありますので、「ヒヤリハットレポート」と「インシデントレポート」を区別していない病院もあります。
書き方
厚生労働省の「国立病院・療養所における医療安全管理のための指針書」の中に、「ヒヤリハット体験報告」という書式があります。
参照:http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/1/torikumi/naiyou/manual/3.html
これによると、記入する項目は次のようなものです。
- 体験者の経験年数
- 日時・場所・当時の多忙度
- 出来事の領域別分類
- 患者の年齢・性別・心理状態
- 「ヒヤリハット」の内容
- 未然に防ぎ得たことであれば、どうすれば防止できましたか?
- この体験から得た教訓やアドバイスはありますか?
病院に、このようなヒヤリハット報告書が用意されていれば、それに書き込んでいけばよいでしょう。
病院によっては「ヒヤリハット」という言葉は使われておらず、「注意喚起レポート」「気づきレポート」などの名前になっていることもあります。
用意されていなければ、「5W1H」を意識して書くと、具体的に書くことができます。
When(いつ)
Where(どこで)
Who(だれが)
Why(なぜ)
What(何を)
How(どのように)
これらの事実に加えて、どうすればミスを防げたのかという反省や、今後改善すべき点などを書けばよいでしょう。
繰り返しますが、ヒヤリハットレポートは、叱責のためのものではなく、問題点を共有して、事故防止に役立てるためのものです。
ありのままに、具体的に書いていけばよいのです。
ところで、ヒヤリハットレポートは、提出後、どのように役立てられるのでしょうか?
本来は、ヒヤリハットレポートをできるだけたくさん集め、どのようなときに、どのような危険があるのかと分析して、医師や事務方なども含めてカンファレンスを開き、注意点・改善点を話し合うべきなのです。
ただ、そこまでできずに、朝礼で報告する、またはナース・ステーションに貼っていて、気づいた人が見ておくだけ、となっているところもあるでしょう。
取り扱いは、病院によってまちまちだといえますが、良い病院では、きちんとした取り扱いがなされているはずです。
ヒヤリハットの事例集
では、ヒヤリハットの事例にはどのようなものがあるか、見ていきましょう。
事例1 あわや注射ミス!
【どのようなことがおこったのか】
〇〇〇〇年〇月〇日15時30分ごろ、〇〇病棟の201号室の患者さんに注射をするようにとの指示を受けたが、207号室と聞き違えてしまい、207号室の患者の元に向かった。
たまたま、同姓の患者さんがいたため、間違いに気づかず、注射の準備をして、最後に「〇〇〇〇さんですね」とフルネームで確認したので、患者さんが否定し、そこで間違いに気づいた。
【再発防止に向けて】
「〇〇号室の〇〇さん」のような指示は簡単なため、よく出されるものではあるが、思い違いも起きやすい。
指示を出す側と受ける側で、言葉が正しく伝わっているのか、よく確認すべきであろう。
注射や検査などはフルネームで本人に確認するのが基本となっているが、意識混濁状態の患者さんや、名前が似た患者さんもいることを思えば、思い込みを捨てて確実に本人であることを、名札の一字一字をよく見て確かめるべきであると思う。
*これは、冒頭のヒヤリハットの事例のレポートです。
このレポートによって、看護師さんは「名前をフルネームで確認する」ということを、以前にも増して心がけるようになりましたし、病院側は「名札の文字を大きくし、読み仮名をつける」という改善策をとりました。
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事例2 何時?
【どのようなことがおこったのか】
〇〇〇〇年〇月〇日14時、本来なら入院患者AさんがCT検査を受ける時刻だったが、14時を午後4時と勘違いして、検査室に連れて行こうとしなかった。
同僚看護師の指摘で間違いに気づき、すぐに連れて行ったために、問題は起こらなかった。
【再発防止に向けて】
時刻の表現方法が人によってまちまちであることが原因で起こったヒヤリハット事例なので、時刻の表現はできるだけ統一することにし、14時→午後2時、15時→午後3時のように、「午後〇時」という表現を基本とすることにした。
また、検査時刻などは、口頭ではなく書類で確認するようにした。
*今回の事例は、検査に影響が出なかったのですが、手術開始時刻を医師が間違えているような事例では、大きな問題が起きることもあります。
医療関係者は、ささいなことにも気をつける必要がありますね。
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まとめ
ヒヤリハットとは、「ヒヤリとした」「ハッとした」けれども、事故には至らなかったという事例です。
ヒヤリハットレポートは、事例を報告し、情報を共有することでお互いに注意を喚起し、重大な事故を未然に防ぐ目的で書かれます。
ありのままに、具体的に書きましょう。
他の人の書いたヒヤリハットレポートは、他人事ではなく自分も同じことをするかもしれない、と気を引き締めながら読んでいきましょう。